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道草 (新潮文庫)

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  • メーカー: 新潮社
  • JAN/ISBN: 9784101010144
  • 定価: ¥ 460
  • 売上ランキング: 51947 位
  • ★★★★

カスタマーレビュー

夏目の本質
★★★★★2009-08-26
夏目漱石と一緒に焼肉に行きたくない。
注文するにしても、焼くにしても、食べるにしても、こと細かに規律を設けそうだ。
こちらが越権行為をしようものなら、口頭でこちらを責めることはなくても、
心の中で軽蔑の念を抱かれていそうで怖い。

夏目漱石と口論など、絶対にしたくはない。
圧倒的な論理力ではがいじめにされた後、再び順を追いながら、
こちらの非が明確になるまで徹底的に諭されそうで怖い。

ロジカルに特化した彼の頭脳はしかし、新種の論理の出現には、えてして弱い。
自我の意識に目覚めながらもそれに振り回されるのは、自身に軸を見出せないからだ。
繊細で、丁寧で、やさしく、プライドが強く、揺れ動き、飲まれ、悲しい。
自分の弱さから、逃れることができない。そして、弱さを背負う強さがない。
この「道草」という作品を読めば、夏目漱石の本質を目の当たりにする。

私はそんな夏目漱石と、二人だけで酒を飲みにいきたい。
串カツなんかを食べながら。二度漬けはだめですよ、なんて言いながら。
道草の現代的意義
★★★★2009-03-02
漱石最後から2番目の作品に当る。「こころ」に続く長編。
大学教師の健三の周辺人物の殆どが経済問題で主人公を悩ませるという設定は、知識人の苦悩を自伝的に漱石が描いたと言われる所以であろう。

官吏、教師などの他には、大家や質屋などの資産家位しか経済力がなかった時代とはいえ、主人公にとって養子縁組や個人的念書が幅を利かせる時代的背景は、現代から回顧してみれば想像外に不条理なものに見えてくる。

養父だった島田は15年前に縁が切れている筈なのに、いろいろな代理人が健三の下に立ち代わり現れてくるが 最後には無事片付く。更に姉、兄、妻お住みの父までが主人公にまつわりついてくる。はじめから終わりまで、執筆業で現金収入を得ては いくばくかの金を与え続けなければならない姿に、現代人の苦悩を見て取ると読解すべきものなのだろうか。

しかし、産業インフラが整備され、製造文化が発達・爛熟し、年金制度が整備されている現代シニアの目を通して見ると、苦悩の構図は自ずと異なったもの(不自然で現実離れしたもの)となってくる。
健三に少し余裕ができた時に紫檀の机、掛け額、花瓶などを買い求めリフレッシュするシーン以外には、趣味を楽しむこともなく 娯楽ともまるで縁が無いという展開には、身辺の環境ひいては生活のゆとりの差を先ず感じてしまう。

総じて 見合結婚が主流の時代にあって、子育てと夫婦関係を率直に描いているところに、漱石の透徹した思考を感じた次第である。
あまりにもリアル
★★★★★2008-10-02
心理描写があまりにもリアルで、まるで自分の心の中を書かれているかのような気分になるところもありました。いまさら言うまでもありませんが漱石という人の並々ならぬ心理描写能力に空恐ろしくなります。人はこのようにお互い自らのことも思うに任せず、それでもなんとかやっていくのでしょう。もちろん、ここに書かれていることが漱石のすべてでもなく、またまったくの創作というのでもないと思います。すべての人が、一面では捉えきれないように。

私は漱石の人となりをほとんど知らないのですが、この小説を読んで「坊ちゃん」における漱石の自伝的側面は非常に小さいのではないかと思いました。松山にいたことは確かでしょうが、あのような「痛快」というような言葉で表わされるような人物ではなかったということを、自ら「道草」において告白しているのではないでしょうか。どちらかというと、過去の嫌な思い出を想像で補償しようとした無様な試みのように思えます。あまりにも卓越した文章能力のせいで、不幸にもその試みが成功してしまっているのですが...。
漱石としては特異な作風〜だがBest3に入れたい
★★★★★2007-10-12
完結した著作としては漱石最後のもの。この後に「明暗」が来るが絶筆だからだ。自伝的小説といわれ、また、作風は一読して明らかなように、自然主義(花袋、藤村etc.)などにやや近い。色んな形態の小説を書いた漱石だが、当時の流行というかスタンダードみたいな書き方もやってみたのか。そういう意味では「漱石らしくない」。評価も分かれているようだが、自分の読後感としては、漱石のbest3には入ると思う。話は、主人公健三(漱石)が親族らに絶えずたかられる不愉快な生活を描いている。養父の島田やその女房らの不愉快感は格別。細君との冷え込んだ生活。舅との確執。それぞれとの感情の交錯、印象などが見事に描かれ、読者は我がことのように不愉快な感じを体現する。と同時に「世間」の一面が描かれる。それは見事だが、一方今日の感覚からすると、夫婦関係は、健三に非があると思える。散々不愉快に思っておきながら目の前の細君は健三の3番目の子供を孕んでいる。その辺りの感情的なことは何にも触れられていない。愚図で踏ん切りがつかず、理屈屋の割りに直ぐ相手の理不尽なレールに乗ってしまう脇の甘さ。その甘さを自覚してムキになる無骨。妙な自尊心だけ高い。だがそんなしょうも無い健三を描く漱石は、そのしょうもない自身の側面も知りつつ照らし出そうと懸命だ。有能で誠実で鈍臭い作家の風合いを感じてしまって、健三には舌打ちしても結局、漱石(健三)に親しみが増してしまう。終盤で実父に幼少期にとんでもない扱いを受けていることが急に描かれる辺りは、ちょっと唐突で、もっと作品の前提として手前で書いておくべきことではないかと、首を傾げる。だが、最後の終わり方はなかなか見事で、作品全体の姿としては、素晴らしい締めくくりだと思う。小説の締めくくりほど難しいものは無いのに。
世の奥さんに読んで欲しい
★★★★2007-03-02
漱石がイギリス留学から不本意(コンプレックス、ノイローゼ)な帰国をした後の、主に自身の夫婦の関係を健三夫婦に託して書いた自己分析小説。私小説とは趣きが全く異なる。

この小説を理解するには漱石の鏡子夫人が書いた「漱石の思い出」の次の一節を読むと助けとなる。

それでもいい按配に翌37年の4,5月頃から大分良くなって参りまして(鏡子夫人は漱石の頭の調子が悪いと思っていた)、......前から貧乏だったのが、この年には一層つまってしまって、どうにもこうにもなりません。秋から帝大一高の外に明大へ一週二時間づつ出るようになって、その二三十円の金でも私たちの生活の足しになりました。けれどもそれで元より楽になったとは申されません。(この後、漱石への不満が書かれる。以下略)

作中の健三夫妻と全く同じ行動である。健三は考える。「もし細君が(自分の稼ぎを)嬉しそうに受け取ってくれたら優しい言葉も掛けられたろう」。漱石も同じ気持ちだったろう。帝大の講師も辞めたいと思っているのに、生活費のため明大の講師もして稼ぐ。それなのに、細君は有難がるどころか、それを当たり前と思って、あまつさえ自分を頭の調子の悪い男として扱う。これでは夫婦崩壊して当然だろう。漱石がこの後、作品中で夫婦関係を中心とした家族関係を繰り返しモチーフとしたのも自然な成り行きである。

本作は、漱石が自身の夫婦関係、家族関係を一度見直し、その後の作品の方向付けに大きな影響を与えた重要な作品。

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