モスラ [DVD]

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  • メーカー: 東宝ビデオ
  • JAN/ISBN: 4988104021953
  • 定価: ¥ 5,040
  • 発売日: 2003-11-21
  • 売上ランキング: 25540 位
  • ★★★★

商品の説明

Amazon.co.jp
   東宝が初めてカラー・シネスコで製作した怪獣映画の名作。悪徳古美術ブローカーの手で南海のインファント島から連れ去られた小美人を取り戻すため、守護神モスラが東京に来襲する。イモ虫状の幼虫が渋谷をがれきと化した後、東京タワーに繭を張り巨大な翼を持つ成虫へと脱皮するモスラ。その極彩色を配した美しさは、特撮ファン、怪獣ファンはもとより、女性たちをも大いに魅了した。第一級のファンタジー映画。
   小美人に扮しているのは「シャボン玉ホリデー」などで有名な双子の女性デュオ、ザ・ピーナッツ。彼女たちの歌う「モスラの歌」はあまりにも有名。また主役の新聞記者・スッポンの善ちゃんにフランキー堺が扮し、そのユーモラスな快男児像がこの映画の軽妙さ、明朗さを象徴しており印象に残る。
   製作:田中友幸、監督:本田猪四郎、特技監督:円谷英二のゴールデン・トリオに加え、純文学畑の福永武彦、堀田善衛、中村真一郎の三人による「発光妖精とモスラ」を原案としたことが、数ある東宝特撮映画の中でも特に幻想的なムードを強く放っている由縁であろう。(斉藤守彦)

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カスタマーレビュー

ザ・ピーナッツ
★★★★★2009-01-12
モスラ〜 やっ モスラ〜 ・・・・・ピーナッツが歌うモスラの歌。子供のころ、ピーナッツがテレビに出てくるだけで何か嬉しくて恥ずかしくて、どういうわけか柱の影から彼女たちの姿を見ていました。とにかくかわいかった(と言ってももちろん彼女たちのほうが年上ですが)。そんな彼女たちの出る映画、モスラ・・それだけでも十分見る価値はありました。(もっとも当時はそんなことを考えながら見たわけではありませんが)
 テーマを「平和」に置き、とにかく面白いものを一生懸命に作ろうと言う姿勢が大いに見られたような気がします。決してお子様向けにつくろうとはしていないのも伝わってきました。
 何度見ても、わくわくしながら見られる作品だと思います。
NO.169「も」のつく元気になった邦画2
★★★★2009-01-02
<元気コメント>
 ゴジラと並ぶ怪獣映画として、最初に見た時はなんとも言いようのないワクワクとした気持ちとなりました。
 ああ、あの頃にかえりたい・・・
モスラ
★★★★★2008-11-10
東宝怪獣映画は時代に分けると五時代ぐらいに別れます。平成から行きますと平成CG特撮時代 ゴジラファイナルウォーズから平成ゴジラぐらいまですなわち元祖ゴジラの恐怖ものに少し戻った頃ですねカニバル主義というかバーサーカー主義というかそうゆうピカソ的な作品群です。昭和怪獣総進撃時代とにかくなんでもいっぱい出してしまおうとゆう時代です。ジェットジャガーとかですね。お化け屋敷みたいな見せ物小屋時代といってもいいです。子供が見ていて楽しいゴジラ時代 へドラとかですねミニラですね。シェーとかもしますやけに南東とかビビンバ族とか宇宙人がいっぱいでます。総進撃時代にもいっぱいでますけどね。そして対ゴジラ時代 アンギラスやラドンが現れて勝負を仕掛ける時代です。とまあだいたいのゴジラファンはここあたりを見ていますが実は東宝にはもう一時代ありゴジラが作られてゴジラ対アンギラスができる間にいっぱい怪獣映画を作っているわけです。これがいわゆる東宝円谷時代 ラドン モスラ バラン などなどです。非常に興味深いな作品群なので資料として収集する必要があると思います。
ジェリー伊藤に黙祷
★★★★2007-07-30
全編が美しい映像の連続です。特撮もすばらしい。コンピュータがなかった時代にこれだけの特撮ができていたのですね。悪役で登場するジェリー伊藤ですが先日他界しました。黙祷をささげます。生前のジェリー伊藤と握手をしたことがあります。「モスラのおじちゃんと握手をしたよ」と子供に話したら驚いていました。
政治的な配慮が伺える映画
★★★★2007-07-26
 これは1961年に公開されていますから、僕が4歳の時、当然僕は見に行っていませんが、後にビデオで初対面。ゴジラ、ラドンとともに東宝の三大怪獣です。
 この作品は60年安保闘争の翌年の公開で、当初世界同時公開が予定されていたこともあり、政治的な配慮がされています。サンフランシスコ講和会議から、わずか数年後の作品ですから、ずいぶんデリケートな内容になっているんですね。
 作品の挿入歌、ザ・ピーナッツの「モスラの歌」と「インファントの娘」も評判でした。内容は、モスラの加護と平和への祈りということですから、ここにも原作者の政治への配慮があったんでしょうね。ちなみに、この言葉はインドネシア語に基づくものだそうですが、意味は理解できませんね。

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